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札幌地方裁判所 昭和40年(ワ)1015号 判決

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、申立

一、原告の申立

被告金井秀二郎は原告に対し、別紙目録記載の建物を明渡し、かつ昭和四〇年九月一日から右明渡ずみにいたるまで一ケ月金四五、〇〇〇円の割合による金員を支払え。

被告河端寅松は原告に対し、別紙目録記載の建物のうちその二階部分を明渡せ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

二、被告らの申立

主文同旨の判決を求める。

第二、主張

一、原告の請求原因

(一)  原告は別紙目録記載の建物(以下本件建物という)につき所有権を有している。すなわち、本件建物はもと訴外天野実の所有であつたところ、原告は昭和三五年四月八日右天野実との間において、本件建物につき、原告の訴外天野産業株式会社に対する同日付手形取引契約にもとづく債権を被担保債権とし、元本極度額金一〇〇万円とする根抵当権設定契約をし、同日その旨の登記をした。しかるところ、右訴外会社は右被担保債権の弁済をしなかつたので、原告は右根抵当権の実行として札幌地方裁判所に本件建物の競売申立をし、その競売手続の結果、昭和四〇年七月二七日原告が本件建物を競落してその所有権を取得し、同年八月二〇日その旨の所有権移転登記がなされた。

(二)  被告金井秀二郎は本件建物全部を、被告河端寅松は本件建物の二階部分を、それぞれ昭和四〇年九月一日以前から占有している。

(三)  被告金井秀二郎の右占有により原告は本件建物の賃料に相当する額の損害をこうむつている。右賃料相当額は一ケ月金四五、〇〇〇円である。

(四)  よつて、原告は本件建物の所有権にもとづき、被告らに対しそれぞれその占有部分の明渡を求めるとともに、被告金井秀二郎に対し昭和四〇年九月一日から明渡ずみまで賃料相当額一ケ月金四五、〇〇〇円の割合による損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する被告らの答弁

請求原因(一)、(二)の事実を認める。同(三)の事実を争う。

三、被告らの抗弁

(一)  被告金井秀二郎は本件建物につき原告に対抗しうべき賃借権を有している。すなわち、

1、訴外札幌モーター販売株式会社は昭和三〇年七月五日当時本件建物の所有者であつた前記天野実から本件建物を賃借してその引渡をうけた。

2、被告金井秀二郎は、本件建物につき原告主張の抵当権が設定登記される以前の昭和三三年五月末ころ、訴外天野実の承諾を得て、右訴外会社から前項記載の賃借権の譲渡をうけ、かつその引渡をうけた。

3、仮に前項の賃借権譲渡が認められないとすれば、被告金井秀二郎はそのころ、訴外天野実の承諾を得て、右訴外会社から本件建物を賃借(転借)し、その引渡をうけた。

4、よつて、被告金井秀二郎は右譲受にかかる賃借権ないし転借権の取得をもつて原告に対抗しうる。

(二)  仮に右主張が認められないときは、つぎのとおり留置権を行使する。すなわち、被告金井秀二郎は昭和三三年一〇月ころ金二〇〇万円の費用を投じて、本件建物を従前の床面積五八・一八m2から一四八・七六m2に増築改良してその価格を増加せしめた。したがつて被告金井秀二郎は訴外天野実に対し、右有益費用金二〇〇万円の償還請求権を有し、これにつき本件建物の留置権を有していた。よつて、被告金井秀二郎は訴外天野実から本件建物を競落した原告に対し、右留置権を行使し、右有益費用金二〇〇万円の支払があるまで本件建物の明渡を拒絶する。

(三)  被告河端寅松は被告金井秀二郎のたんなる使用人として本件建物二階部分を使用しているものである。

四、抗弁に対する原告の答弁

抗弁(一)、(二)の事実を否認する。同(三)の事実を認める。

五、原告の再抗弁

(一)  仮に被告らの抗弁(一)の事実が認められたとしても、その主張の被告金井秀二郎の譲受賃借権ないし転借権は、昭和三五年七月五日に訴外天野実、同札幌モーター販売株式会社、被告金井秀二郎の三者間において、その発生の基礎となる賃貸借契約がいずれも合意解約されたことにより消滅した。

(二)  仮に右合意解約の事実がなかつたとしても、以下にのべる理由により、被告らは原告に対し、被告金井秀二郎の前記譲受賃借権ないし転借権の存続を主張できない。すなわち、

1、被告ら主張の訴外札幌モーター販売株式会社の賃借権については、その対抗要件として昭和三〇年九月九日付でその賃貸借の登記がなされ、被告金井秀二郎の譲受賃借権ないし転借権については、その対抗要件として昭和三三年一〇月一五日付で、同被告が昭和三三年五月三〇日に右訴外会社から転借した旨の登記がなされていたものであるところ、昭和三五年八月一日に、右各登記の当時者の意思にもとづいて、いずれも同年七月五日付合意解約を原因とする右各登記の抹消登記がなされている。

2、かように、賃貸借の当事者がその公示方法としていつたん登記による方法を選んだ場合において、その後その意思にもとづいて、当該賃貸借が合意解約により終了した旨を登記によつて公示したときは、仮に実体上その賃貸借がいまだ終了せず存続している場合であつても、その登記の記載を信頼して取引関係に入つた善意の第三者に対しては、もはやその存続を主張しえないと解すべきである。けだし、当事者がいつたんその権利の公示方法として登記の方法を選んだ以上、その後における権利変動の公示は画一的に登記の方法によるべきであり、かく解さなければ取引の安全をいちぢるしく害し、公示制度本来の目的を失わしめることになるからである。

3、しかして、原告は、被告ら主張の賃借権が解約によつて消滅した旨の前記抹消登記の記載を信頼して本件建物を競落取得した善意の第三者である。よつて、被告らは原告に対し、前記賃借権の存続を主張することができない。

六、再抗弁に対する被告らの答弁

原告の再抗弁(一)の事実を否認する。同(二)の事実について1の各登記がなされたことを認め、その余は争う。

原告主張のごとく、被告金井秀二郎と訴外札幌モーター販売株式会社間の転貸借の登記がなされていたが、その登記は便宜上のもので、実体は被告金井と訴外天野実間において直接の賃貸借関係が成立していたものである。そこで右の登記を真実の実体関係に符合するように更正する趣旨で、訴外天野実、同札幌モーター販売株式会社、被告金井の三者合意のうえ、昭和三五年七月一八日付で、右天野と被告金井間の直接の賃貸借契約の登記をするとともに、同年八月一日付で、従前存在した天野と札幌モーター販売株式会社間の賃貸借ならびに右会社と被告金井間の転貸借の登記の抹消登記をしたものである。かように右各登記は実体関係に一致させるための便宜的な措置にすぎないものであり、被告金井の賃借権の実体についてはなんらの変動もなかつた。

そして、右賃借権が借家法第一条に定める対抗要件を具備していたものである以上、その賃借権は、それについての登記の有無、その記載の変動にかかわらず、対抗力を有すると解すべきである。

第三、証拠関係(省略)

(別紙)

目録

札幌市南一条西一〇丁目一番地の一所在

家屋番号三〇番三

一、木造亜鉛メツキ鋼板葺モルタル塗二階建店舗  一棟

(床面積、一階および二階とも各七四・三八m2)

但し、登記簿上の表示

木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建居宅  一棟

(床面積、五八・一八m2)

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